「青の炎」

青の炎 (角川文庫)平穏な家庭の中に、異物が混入してしまった。母の元再婚者。家に居座り、母だけでなく妹にも危害を与えようとしている現状に、警察も法律も元の平穏を取り戻す力にはならず、自らの手でその異物を排除しようとする。明晰な頭脳と青年らしい心理が交錯しながらも自らの正義感を元に完全犯罪に挑むミステリー小説。

非常に冷たい感じもするこの小説なのですが、秀一を駆り立ているのは利己的な感情ではなく、家族を守りたい、平穏な家庭を取り戻したいという家族に対する愛がこの犯罪に突き動かしていくのが、かなりグッときます。犯罪に至る過程にはクールで緻密な分析がなされていて非常に冷酷な感じもしますが、その裏側にある心理描写は家族を守るという正義感に溢れていてそれがまた痛くて切なかったりしました・・・・・。

秀一の教科書や勉強中の引用など非常に筋や心理描写にリンクしていく所は非常に秀逸で、この話にも大きな影響与えていたことにはこの貴志祐介という作家がテクニシャンなんだなぁと思わされました。細かい描写だけでなく、紀子との淡い恋など青春小説的な淡くて切ない部分が重なり合ってくる事が秀一の心理描写を立体的にそして人間的な部分を感じさせてくれました。非常に明晰な分析と冷静な判断に基づいて行動に移っていっても彼の心の中は少しずつ荒れ果てていってしまう所など、利己的ではないとしてもその精神バランスの崩れ方など、強い決意の裏のナイーブな精神はあまりに切ない。

「一度火をつけてしまうと、怒りの炎は際限なく燃え上がり、やがては、自分自身をも焼き尽くす。」

秀一の友人、「無敵の」大門の一言がこの作品の全てを表しています。青い清浄の炎だとしてもその炎が際限なく燃え広がってしまう過程は、誰にでもあり得る人間の悲しい性なのかも知れません。現実の世界の中でも戦争やマインドコントロールなどの精神的な負の連鎖などが問題となっていますが、それはまた破滅への始まりなのかもと思うと深いなぁと思ってしまいます。

秀一の優しさと冷徹な判断のギャップはきっと彼の側から書かれたからこそ。倒叙推理小説の名作だと思います。

貴志祐介「青の炎」 角川文庫 ¥667